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シモキタボイス シンポジウムの記録

【Symposium4】 8月14日(火)16:30-18:00

「文化と生活と街と・下北沢」――歴史が生む磁場

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学問、アート、社会運動を育んでいく街の強さ

大木 : ところで、去年、吉見さんは「カルチュラル・タイフーン」というのを2週間やりました。なぜ下北沢に狙いをつけたのかというのも含めて説明していただけますか?

吉見 : 前のシンポジウムで、「下北沢で大々的な演劇セッションをやりましょう」という話がありました。流山児さんのお話で、アビニヨンやエドモントなどのように、街の中の100とか50とかのスペースが一週間なり二週間なり演劇のために解放されれば、下北沢で演劇祭が出来るのではないかというお話がありました。これが可能な街ではないかと思わせるものが、下北沢にはあると思います。

 私は友人たちと「カルチュラル・タイフーン」というイベントを、2003年からやっています。発端は、1996年のカルチュラル・スタディーズの国際会議です。このシンポジウムはいろいろな人をまきこんで一緒にやろうとしたのですが、終わったあと大学院生たちに「ちゃんと参加させなかったじゃないか」と批判を受けたんです。「シンポを企画したのは、教員だったじゃないか」ということです。その反省の上に、大学院生が主体になって行うイベントとして「カルチュラル・タイフーン」が2003年にスタートしました。それは学問だけでなく社会運動、アート、パフォーマンスまでを含みこんだものにしようと思いました。最初に早稲田大学で、次に琉球大学で、最後に立命館大学で行いました。
 ところが今度は、大学キャンパスの中でやるのは、やるほうにとっては楽だけど、そこに都市的な要素をできるだけ持ち込むとしても結局は大学の中にとどまっているだけじゃないかということになった。じゃあ、次は大学の外でやろう、という話になり、去年、成徳高校やアレイホールなどを借りて、下北沢でやりました。どこまで街のみなさんと一緒にやれたかということに関してはいろいろと批判もあるだろうけれど、下北沢の中には「こういうことがやりたい」と言うと、それが可能になるようなスペースとかネットワークがあると思いました。それはわれわれにとっても素晴らしいことでした。予算は30〜40万円と低いけれども500〜600人もの人間が集まり参加者の想いが詰まる?学問であれ、アートであれ、社会運動であれいろいろなものを育んでいく街の強さをここには感じます。

大木 : 吉見さんが下北沢の街を個人的にすでに存じ上げていてそうなったのですか?

吉見 : 発案したのは小倉利丸さんなのですが、毛利嘉孝さんなど、一緒に「カルチュラル・タイフーン」をやってきたメンバーが「文化と政治」というテーマに非常に関心があったので、そうした問題を一緒に考えていく接点を求めていたということもありました。

大木 : 岩本さんは下北沢に住んでいますよね。きむらさんと廣木さんは目黒区民ですよね。吉見さんは今、代々木ですか。学問の方は学問のつながりを求めて下北沢に足を運び、自転車の方は自転車で足を運び、廣木さんは飲みたいと言って、足を運んでくる。下北沢は、歴史的に人をひきつける磁場を持っていることがわかったのではないでしょうか。

廣木 : シモキタで演劇などの文化的事業をやることで、行政が街に対して考え方を変えることはないでしょうか?企業がはじめたものではだめな感じがするんですけど、地域の人がはじめた映画祭とか演劇祭だと違いますよね。

吉見 : 多分、いちばん重要なのは地域の人たちと演劇祭の関係だと思います。地域の人たちは演劇に関心がない人も多い。映画でも同じで、渋谷や二子玉川のショピングモールやシネコンに行く方が快適でよいと思っているような人達も多いわけです。きっとこの場には来ていないような人のことですが。

大木 : その会場からこの辺で質問を受けようと思います。

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